【流れ星が消えないうちに】の感想や考察:大切をなくした時に観たい映画「流れ星が消えないうちに」

シェアする

こんにちは!

突然の私事でアレなんですが、昨日たまたま高校時代にお世話になった恩師に会いました。後輩の様子聞いたりとか自分の近況報告とか色々話せて嬉しかったです。で、ふと、(あれ?あの時朗読した本って確か、映画になってたよね……?)と思い調べてみたらやっぱり出てた!!!

それが今回記事を書かせていただく映画、「流れ星が消えないうちに」です!

見終わった感想は、「大事な人に会いたくなって、大事だった人やものたちを思い出した。」

評価は星4.5です!

映画の基本情報

【監督】柴山健次

【題名】流れ星が消えないうちに

【原作】『流れ星が消えないうちに』(橋本紡の小説)

あらすじ

本山奈緒子(波瑠)は、かつての恋人・加地径一郎(葉山奨之)の事故死の影響から、玄関でしか眠れなくなってしまった。流れる時間の中、いまでは新しく付き合っている恋人・川嶋巧(入江甚儀)との日常が、奈緒子にはあった。加地の親友であった巧と奈緒子にとって、この現実は加地に対する裏切りだと感じ、自分を責めていた。二人の時計の針は止まったまま…

ある日、奈緒子の父・本山諒(小市慢太郎)が突然東京にやってきた。本山の転勤を機に家族は大分に引っ越し、奈緒子は東京で一人暮らしをしていた。「家出をしてきた」という父との二人暮らしが始まる。奈緒子、巧、本山の時間がゆるやかに動き始める。やがて、妹の本山絵里(黒島結菜)が加わり、それぞれが抱える問題が次第に明らかになっていく。

それは、加地がよく口にしていた言葉。かけがえのない存在が、この世に残していった言葉。奈緒子たちの心に変化がもたらされようとしていた。

(映画『流れ星が消えないうちに』公式ホームページより引用)

キャスト・登場人物

本山奈緒子:波留

このストーリーの主人公。料理が上手です。恋人だった加地が亡くなってから、玄関に布団を敷いて寝ています。

川嶋巧:入江甚儀

加地の友人であり、奈緒子の現在の恋人。肝心なところでキメられない性格で、高校時代からそれをコンプレックスに感じています。

加地径一郎:葉山奨之

奈緒子の以前の恋人で、高校卒業後は大学に行かず短期間の小旅行を続けていました。旅先の外国のバス事故で死んでしまいます。

ほか

本編の感想

全体的にとても良かったです。観ていて切ない気持ちになる作品でした。

私は原作も読んだことがあるのですが、原作とのギャップはほとんど無く、鑑賞後も実写化に対する不満はほぼゼロでした。

よかったところ

ストーリー

主軸となっているのは、大切な人との死別。私は奈緒子や巧の気持ちにとても共感しました。居なくなった人から貰った言葉や時間、物やその人の匂いや好きな、嫌いな食べ物、本、その人の癖やあたたかさは、心にこびりついて消えにくいものです。

そして、上から塗りたくっても、ポロポロはがれたところからボロボロ出てきちゃって、時々凄く凄く辛くなったりします。それは劇中の言葉を使うならばたぶん、その人に「全部でぶつかってたから」ですよね。それは恋人でも友人でも家族でも同じことだと思います。

『風の電話』という本の筆者とお話をしたことがあるのですが、その方がこんなことを仰っていました。「人は、大切な存在を失くすと大きな喪失感を抱く。その喪失感から人は殻に閉じこもり、心を閉ざしてしまうこともある。

でも、そんな人が気持ちを外に出すというのは、その時点で体を前に向けられていることなのだ。だから自分の力で前を向き始めた彼らに、歩みを進める彼らに、自分たちは寄り添っていきたいのだ。」大体こんな内容です。

喪失感は簡単には消せないものだし、なかなか消してあげられないものです。それでも、生きる上でいつかは前に向かわなければなりません。

この映画の中でとても心に刺さったのは、奈緒子と巧の「忘れないまま生きていく」姿勢です。これはとても大事なことだと思います。

最近になって、私も強く意識するようになったことです。全てを無かったことにしてゼロからスタートすることは、出来ません。消し去ることなく抱え続けて生きること。そして、進むこと。入ってくるか、出ていくか、とにかく動き出さなくてはいけないんですよね。鑑賞中、そんなことを考えていました。

波留の演技

波留といえば、現在ドラマ「サバイバルウエディング」にも出演中の演技派女優ですよね!波留はショートカットのイメージが強いですが、「流れ星が消えないうちに」の作中では、彼女のロングヘアも見られます!かなり可愛いですよ!!

この映画の中で、波留の演技がダントツで良かったです。何かを失った人物って、演じる上では心情の分析が難しいんですよね。

自分が持っていない経験ならば尚更です。そんな役柄を、彼女は完璧に演じていたと思います。

あまり上手でない役者は恋人への負の思いを、安直に声を大きくしただけの”発狂”の演技に持っていきがちですが、彼女は奈緒子の感情の底に流れる「悲しみ」や「喪失感」に焦点を当てて上手く声に乗せていました。おそらく、原作の読み込みを相当したんじゃないでしょうか。もししていないとしたら、それはもう大変な天才ですね。波留の表情と声が、奈緒子の人物像をより愛しく魅力的に映していました。

あまりよくなかったところ

磨りガラス

私は原作の中の冒頭部分が一番好きで、未だにふとした瞬間に思い浮かべる情景でもあります。ズバリ、磨りガラスの説明をする部分。このシーンが、玄関に布団を敷いて眠るという奈緒子の普通でない、異常な状況を印象づけるのです。

しかし!役者に対してカメラを向けていて、私が楽しみにしていた磨りガラスの描写は冒頭と最後のたった一瞬だけ……。磨りガラスファンの私的には結構ざんねんでした。完全に個人的な意見です。いや、でもだって、原作の磨りガラスの説明とっても良い雰囲気なんですよ!!!

”玄関ドアの上の、天井に近い部分は、磨りガラスが填め込まれていた。築二十年くらいの家によく使われている、雪の結晶みたいな模様が入った磨りガラスだ。”

”月の明るい夜などは、それはさらに幻想的な雰囲気を漂わせ、ただの玄関なのに、まるで異世界のように思えたりもする。”

(橋本紡作『流れ星が消えないうちに』より引用)

良いですよねえ。無意識のうちに奈緒子がこの場所を求め、眠りにつくことが出来たのにもなんだか納得がいきます。じんわり透ける街灯のほのかな明かりとか、触ると冷たい寒い季節の夜のガラスのかんじとか、もっともっとじっくり丁寧に見たかったなあ。誰か、そこだけでもいいから映像化してくれないかなあー。

同じ構図のカットが長い

同じ構図やパターンのカットが続く時間がやや長いように感じました。これは私がお芝居の演出をする時にも気を付けていることなのですが、人の集中力って何らかの変化がないと7秒くらいで切れるらしいです。だから、7秒以内に変化が起こらないカットが多かったのが勿体なかったなあと感じました。

※以下ネタバレを含みます。嫌な方は「この映画を一言で表すと」の欄に飛んでください!

印象に残ったシーン

巧と一緒に散歩をしながら、奈緒子が加地君の話をするシーンです。

奈緒子「こんな、深いところに。……加地君、落ちちゃった。落ちちゃったの加地君。なんで、なんで落ちちゃったの?」

そう言って泣き出す奈緒子に、言葉を詰まらせる巧。お互いに触れてこなかった「加地君の話」を、奈緒子がほとんど初めて言葉に出した場面です。2人が加地君の死を受け入れ、向き合い、逃れずにそれを乗り越えていく最初の一歩です。このシーンが、とても良かった。

以下、奈緒子の独白です。

加地君、私は生きていくよ。あなたのことを忘れないままで。いつか懐かしく語って、飲み会の席でみんなの同情を誘うよ。あなたの死を汚く使わせてもらうから。そんな日が近いことがわかる程度に、私は、もう大人だから。

この逆説的な独白も、観る者の心をキュッと絞めます。弱くて脆くて、それでも何とかもがいて苦しみながら進もうとする姿が、心に刺さりました。

この映画を一言で表すと

「大切をなくした時に観たい映画」。

「なくす」という言葉には、「無くす」、「失くす」、「亡くす」の3つの意味を込めました。失恋とか死別とかの大きな機会以外で、「なくしはじめていないか」確認するためにも観たい映画です。自分の大切なこと、もの、人に対する気持ちを、持ち続けるためにもいい映画だと思います。

まとめ

綺麗でまとまったお話でした。劇的な展開は無くて、ストーリーもわかりやすいですし、しっとりとした印象の映画です。話の内容は苦しいくらいに暗いわけではなく、ある程度淡々とサラッと進んでいくので、あまり重くありません。同調してしまって立ち直れなくなることは無さそうです。後味も悪くありません!

映画「流れ星が消えないうちに」、ぜひ原作と合わせて鑑賞してみてほしいです!